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Interview [R:ROOT / Q:Qiu Hao]

「国際言語で会話を」 R:今後の中国人のファッションに何か期待することはありますか?

Q:他人の目を気にすることなく、自分のために着こなす人が増えたらいいなと思っています。自分の着こなしに興味を持って欲しい。また、より多くの人が私の服に目を向けてくれたら嬉しいですよね。今後も、一歩、一歩前進していきたいです。

R:日本では、著名なデザイナーが学校の制服をデザインするということが珍しくないのですが、ご自身は中国の制服をどうご覧になっていますか?

Q:中国の学校の制服といえば、ジャージなどのスポーツウエアなんですよね。例えば、高校という人生で最も輝かしい時期にジャージを着なければいけないなんて、非常に残念だと思っています。人格が形成されると共に、その人間の美学も形成される大事な時期に、見るにたえない制服を強制的に着せることは、美学をも駄目にしてしまうと思っています。

R:海外のファッション界と比較して、中国のファッション界に足りないことは何だと思いますか?

Q:ファッションを語るときには、国際言語で会話をしなければならない。中国の言語だけで国際的に会話をしても仕方がないのです。中国では、卒業生がそのまま教師となり学生に指導する。そして、卒業後、デザイナーになった中国人がデザインする服は、中国市場だけで消費される。中国市場は非常に大きいので、それだけで十分回るのです。ですから、国際舞台での競争心というのが生まれないのです。もし、このまま進んでいったら、中国のファッションは、日本のような発展をとげることは不可能といえるでしょうね。

R:先ほど、お父さんがインテリアデザイナーで中学生の頃から手伝っていたとおっしゃっていましたが、お父さんは今の 邱昊さんのお仕事を支持してくれていますか?

Q:父は、私がファッションデザイナーになることにずっと反対していました。私の仕事が理解できないようで、早くインテリアの世界に戻ってきて欲しいと言っていました。ただ、最近はネット上で私の報道をみて、なんとか理解してくれているようです。父は、他者の見解から自分の息子の仕事を理解しているんです。古い考えの人ですから、直接息子にいい仕事をしているねなんて言えないんでしょうね。ですから、父から「どうせ続かないだろう」などと言われると、逆になんとしてでも続けてみせようと思ってしまうんです。

R:1978年生まれとのことですが、「八〇後」(*)の世代との違いを感じますか?

Q:確かに「 八〇後」の人たちとの付き合いは多いですが、考え方には大きな差があると思います。「八〇後」の人たちは、周囲を気にすることなく振る舞っているように思いますね。でも、私たちの世代は、大胆に振る舞いたいけど、周囲を気にしてなかなか行動に移せない、そんな世代なんじゃないでしょうか。

R:2010年には上海国際博覧会が開催されますよね。北京オリンピックが終了し、人々の目が上海に向いている今、 邱昊さんにとって国際博覧会は何か意義はありますか?

Q:今、博覧会開催時に公演予定のオペラの衣装デザインを依頼されています。それ以外では、博覧会という大きなイベントによって私自身が影響を受けるとは思えません。今の仕事を、今後もずっと続けていくだけです。

R: 10年後の中国、どのような姿になっていると思いますか?

Q:なかなか、想像できないですね。ただ、今よりも発展していることと思います。10年後の中国国民の精神状態がどのようになっているかが気になりますね。また、ファッションでいえば、10年後、中国人デザイナーがもっと世界に認められていれば嬉しいですね。

R:上海は好きですか?また、 邱昊さんにとって上海とはどのような街ですか?

Q:どの街が好きだとか、なかなか言えないですね。ただ、その場所が自分にとって居心地がよければいいかな。上海は、見た目、何でもそろっている街のように思えるのですが、それは表面上だけで、深みがないように思います。

R:それでは、北京はいかがですか?好きですか?

Q:北京からの情報や北京でのイベント案内などはよく入ってくるのですが、私にとって北京は大きすぎるかな。

* 八〇後:1980年代生まれの人を指す。
(インタビュー:2008年11 月)


邱昊に影響を与えた5つのあれこれ


[1]父方の祖母。教養があり、新しいものが好きな人
[2]Neither Norを共に立ち上げた仕事上のパートナーcho cho
[3]映画『トレインスポッティング』
[4]映画『フォレスト・ガンプ』少なくとも30回は見た。台詞も暗記していたほど
[5]家族との対立



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